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2012/10/30

水と遊び・水を知り・水に習う (9)

季節が巡っていくことで時の流れを実感する。
暑かった夏から穏やかな気温の変化が植物達の色を変えていく。
強い太陽の熱で焦げてしまった緑の葉がほっとしたような落ち着いた焦げ茶に変わり、赤色や、黄色に移ろっていく。
大気の中の水温による作用であり、時の流れを最も実感できるこの頃です。

昨日、珍しいものを見た。桜の花が満開の木である。
10月になると忘れずに咲く10月桜が恥らうように、
優しく可憐に咲いている。
春の桜はどの花も見て見て、私を見てと言っているようだが、
いまの桜はすまなさそうに、つつましく咲いているのが気持ちいい。
自然はいつの時も自分のあるべき姿を正直に見せてくれる。
いまこの時の自然は姿は美しい。


2012/10/27

水と遊び・水を知り・水に習う (8)

川の流れの中に足を入れ、立っていると不思議な感覚になる。
地球全体の上に乗っかっているようで、一番てっぺんにいるようである。
そこよりも高い山や、岩があるのに一番てっぺんなのである。
何故なのだろう・・・?理由をつける必要は無い。
そう思うのだから仕方ない。

周辺には水草の世界が・・・昆虫の世界が・・・
水虫の世界が・・・石の世界が・・・存在している。
川の中を歩いていると、必ずひっかかる蜘蛛の巣がある。
まん中に待ち伏せしているそこの主がじ~と様子を伺っている。
私はその主と関わりたくないから、「ウー」といって立ち去る。


2012/10/23

水と遊び・水を知り・水に習う (7)

いまから550年前、レオナルド・ダ・ヴィンチは晩年川のほとりで流れる水の様子を沢山スケッチしています。
それが「水の素描」としてイギリスのウインザー城に保管されています。

彼が残した記述には水に関するいろいろな想いが記されていてとても興味深いものです。「水は自然の推進力である」「水はあらゆる生命体の拡張であり、体液である」などと面白い事を言っています。
こういう表現は芸術家の領域に留まらず、科学者としての観察眼と深い洞察力があってこそ言えたことでしょう。
また地球上の河川を人の血管に見立て、
地球を一種の生きた身体としてみていました。
自然界にある形を捉えいのちの働きとしてみていた彼の頭脳は果てしない空想の世界で溢れていたことでしょう。
そう言う視点からみても、この地球を生かすには水を汚さないで、
新鮮に保つ工夫をしなければなりません。そうしないと地球が病気になります。

※ダ・ヴィンチ 水の素描画で画像検索した画面はこちら

2012/10/20

水と遊び・水を知り・水に習う (6)

気温が低下して空気が澄みわたり、空の青さが一段と冴えて見える季節になりました。
そこに現れる雲たちの乱舞は大きな空のキャンバスに描かれた芸術で、
見る私達の想像を掻き立ててくれます。
動物に見えたり、景色に見えたり、想いでの出来事までも想像させます。
見ているうちにどんどん変化して飽きさせません。
私は旅行先の公園で昼寝をする事に決めていますが、もう大分昔のことですが、オーストリアのウイーンにあるモーツワルトの像の横で昼寝をして目覚めたときに見た雲の動き、流れに直感を得て、流水紋の制作を始めました。

雲は水の変容、空を流れる川です。雲の変化は水の流れる様子です。
激流の場所、さらさら流れる場所・滝の場所いろいろな景色が見えます。
草むらに寝転んで、ゆっくり空を流れる川に身を任せて、いい気を流してみてください。


2012/10/16

水と遊び・水を知り・水に習う (5)

日本各地に降った雨は急峻な谷を駆けるように下りそれぞれの海に流れ注ぎます。
その間4日でたどり着くそうです。
しかし日本の大地にしっかりと留まる水もあります。
山の木々に、野の草に、そして大地に滲みこんで日本の天然を生かします。

私が特に愛着を覚える水の存在は海抜1500m.~2000m.の高地にある水達です。(私はそこまでしか登れないからそれ以上の高さにある水を知らない)
澄み切った空気中にあるもの、植物の中に留まるもの、
窪んだ場所にひっそりと小さくまとまるもの、
それらは混じりけなしの新鮮な聖なるものたちです。
それらに出会うと何故か手を合わせ、ありがとうとつぶやきます。
山の神が下界で暮らす我々人間を払い清めてくれるための水なのかも知れません。












2012/10/13

水と遊び・水を知り・水に習う (4)

日本列島は台風の通り道で一年の内で15から20個が周辺を通過していく。
大体夏後半から秋にかけて発生するが今年は列島に直接襲来する数が少ない。陸地では被害が少なく実りの秋として有り難いことなのだが、もう一方で気になることがある。
それは海水のことで、台風は大きく深い海の水を攪拌する役割がある。
暖かい表面の海水と冷たい深海の水を攪拌させ、海を蘇らせる役割を持っているのです。

それは台風の進路に沿って行なわれるので、深海の栄養たっぷりな海水が日本列島に近づいてこないことになるのです。これは魚大好きな日本人にとって心配なことなのです。
また台風は珊瑚の成長にも欠かせないもので、
栄養豊かな深層水をもたらします。
人智を超えた自然界の秩序は常にこの地球の生命を生かすことに心配りをしているのです。


2012/10/09

水と遊び・水を知り・水に習う (3)

昨日は秋雨が降ったが、日本には季節ごとの雨が降る。
春雨・五月雨・甘雨・夕立・雷雨・氷雨等等それぞれの言葉に意味と趣きが感じられる。
昨日の雨は空気を冷やす冷たい雨のはしりだった。

丁度その日は果物の産地である甲府に居た。
甲府の街は周りがぐるりと山に囲まれている盆地である。
日中の気温が高く、夜の気温が低いこの環境だから甘い果物が実るわけで、天然の果物工場なのだ。
先人達が開発した技術が現代に生かされている共生の街である。
日本中がそのように天然の環境に適した産物を生産している。
季節を巡る水の温度の循環が私達の食べ物に多くの豊かさを恵んでくれる。素晴らしいこの国土を育む天然の成り立ちに改めて感謝の気持を実感した一日だった。



2012/10/06

水と遊び、水を知り、水に習う (2)

小川のせせらぎの音を聞きながら、小川に沿った小道を登っていく。
まっすぐに起立した杉の木の姿勢が気持ちよく、私の背筋を伸ばしてくれる。
川の流れる音に混じって小鳥のさえずる声が聞こえてくる。
大きなトンボが紙飛行機のように音も無く飛んでいく。
少し開けたところがあり、そこから川岸に降りて行く。
丁度腰掛けられる大きさの岩が流れの中に居座っている。
そこに座って辺りを見渡す。
自然のもの達のすべてが目に入ってくる。
こんなにも多くの名を知らないもの達がいる。
それぞれが音を出して交響曲を奏でている。 
頭の中で考えることは何もない。ただそこに居る。時間が過ぎていく。
周りから押しつぶされそうな小さな存在である。
このままでいい。こんな豊かな空間をいただいている。
これ以上の何が必要というのか。
足元を生まれたばかりの水がさらさらと流れている。
そんなお気に入りの場所がある。

2012/10/02

水と遊び・水を知り・水に習う (1)

今日から新しいタイトルで心機一転、水を意識してみよう。
昨日は風雨に叩かれた雨戸の音で寝付かれず、遅く眠ったのに、
一転あまりの静けさに起された。

廊下から差し込む光の明るさに驚き、窓を開けてみると太陽と見まちがうほどに輝く満月が宙に浮かんでいた。
何一つ欠陥が無い暗紫色の天幕の中に巨大な白色電球が一個灯っている。
地球が出来たての頃の夜空と月はこういうふうにあったのかとみとれていた。
どれだけの人がこのいまを見ているだろう?
多分みんなただポカーンと口をあけ見ているだけだろうな・・・
月から見た地球は水が清らかに流れている景色が見えるだろうな・・・
月と地球がパイプで繋がっていて、水が行ったり来たりしているといいな・・・不思議な私が居た夜明けだった。